「IDOBATA!」ー女の人生障害物だらけ?(9/28)/開催レポート
秋らしさと暑い日差しの混ざった9月28日(月)、「『IDOBATA!』ー女の人生障害物だらけ?」を開催しました。
今回は7名のご参加で、充実した「実りある雑談タイム」を過ごしました。
まずは、「障害物?」となってしまいがちな女性のライフイベント、「結婚/妊娠/出産/育児」の4つのフェーズで、「妻」「夫」がそれぞれどんな選択をして、どんな変化があったか、ということをそれぞれ書き出していただき、おひとりずつお話ししてもらいました。
やっぱり女性に偏りがち
各自のシートの中身も、お話しを聞きながら前に書き出した内容も、女性側のエリアが圧倒的にたくさんの記述が必要な事態に。書くスペースだけで単純に見て、女性の方がたくさんの「軌道修正」を経験しているのがわかります。
妻側が退職や産休育休で復帰、再就職、仕事チェンジ等をほんの短いはずの期間に次々に経験しているのに対し、夫側は、変化が少ない。「そのまま何も変化なし」というなが〜い矢印ひとつで表現できてしまう例も。これには同情が集まり、「連れてきて正座させましょうか!」の声も上がり笑いに包まれました。
あぁ、ここで夫も意外と変化があったんだな、とか、夫側もけっこういろいろ変更してくれているかも、という気づきをお話ししてくださった方もいました。例えば妻が退職すると、夫は収入が自分ひとりの肩にかかったプレッシャーを負ったはず、というようなことも見えました。
ただ、やっぱり育児家事自体の負担割合は圧倒的に妻側に偏ってしまっているのが現状でした。意識も、妻側が妊娠を期に働き方の意識を「定時退社・無駄を省く」よう心がけるようにしたのに、夫側はそのまま益々仕事を頑張るのみ、という温度差を感じた方も。
なんで女性に偏るんだろう?
皆さんのお話から、軌道修正が女性に偏りがちな原因を見てみると、大きく、
(1)身体的な負担
(2)経済的・制度的なメリット
(3)精神的なイメージ
に分類できます。それぞれが、女性に偏る「トラップ」として待ち構えているのが見えてきました。図にするとこうなります。名付けて「偏りトラップ」。
これらのきっかけで育児家事側/収入負担側に偏りが生じ、偏った役割分担が固定化して、双方に違う方向のストレスを生みがちです。夫婦のパワーバランスが著しく崩れます。
この「偏りトラップ」については、皆さんのお話からも大切な視点がたくさん出ました。具体的な例をまじえて少し掘り下げて別のコラムとして掲載したいと思いますので、詳報、少しお待ちください。(→10/16コラム公開しました なんで女性に偏るの?「偏りトラップ」その1:身体的トラップ)
夫婦が「別々の方向へがんばりすぎている」が見えてきた
夫婦のタイムラインを見ていくと、どうも、ピークにピークを重ねてしまう例が多いこともわかりました。
例えば、妻が初めての育児というものすごく疲弊して混乱した状況に突入したときに、夫にはそれが穏やかなファミリー生活のスタートと見えるせいか「引越し」という大イベントをぶつけてきてしまう。昭和の成功した家族像にもれなくついてくる「マイホーム」イメージのなせる技でしょう。
また、社会から切り離されたての妻に育児家事が偏って「なんで私だけがこれをやるの!」という割り切れなさに困惑や怒りすら感じている時に、夫の方は、収入が自分だけになったプレッシャーに「家族を守る」的発想が加わり「益々仕事をがんばって激務化」してしまう、という状況。
その上、妻が家事育児を回している状態が「安定」と見えるせいか、転職、退職から別の道、というような大きな転換が、なぜいまそれをぶつけてくる?というタイミングで起きているケースもありました。
仕事でも転換点を迎える年頃だから仕方ない側面もあるでしょう。でも、片方が「偏り」で負のループに陥っていることに気づかないまま、「超前向きな転換点」をぶつけてしまうと、「なんでいまそれ?」「わかってない…」につながってしまう危険がありそうです。
夫婦でそれぞれが全く違う方向に向かってそれぞれ相当がんばって苦しんで、互いに報われないで距離を広げてしまう……、そういう状況に陥りやすい環境が整っているのが産後、育児初期の特徴と言えそうです。
そしてやっぱりちょっとアンフェア感に帰結する……
それぞれのストーリーの中には、やっぱり夫とのアンバランス感への声は大きく上がり、皆さん大きく頷いたり、「えーそれはしんどい!」との声があがったり……。
男性が、育児や家事の価値に気づいたり、育児家事中心の女性の不自由さ時間のなさにどうしたら気づけるだろう、ということにも話が及びました。そこに気づきがないと、そもそも偏りを是正するきっかけにもならない……。
男性には、男性のサンプルとか実例が必要じゃないか?という声。確かに、女性、特に妻に言われるよりも、素直に自然に受け止めることができそうです。数時間、1日経験するだけより、長い目でどんなふうに関わっていくかというロールモデルも大切です。
完璧だったり積極的すぎるモデルケースが敬遠された例があるという声もあったので、この辺は、「キラキラワーママモデル」が女性にとってかえって負担になる場合があるのと、似た現象かもしれません。多様なケースがもっと見えてくるといいですね。
こんな力強い例も〜「お金」で可視化する
とにかくわかってもらう手段として、「お金」という形で見える化して気持ちの落とし所を作った例もありました。
出産前は夫婦同等に働き、もしくは妻の方が収入が上、なんていう例は珍しくありません。同じようにそのままキャリアを積んでいれば、「私だって稼げていた」という状況の中で育児家事を担当するのは大きなストレスを生みます。その只中で「俺だけが/俺の方が稼いでいる」を盾にされるのは、もうかなり精神的にきつい。
家事育児を担い、産休・育休・時短を使っているうちに下がった自分の収入と、夫の収入からそれぞれ同等に生活費を出すことのアンフェア感を払拭するために、基本生活費はすべて夫の収入から出すようにしてようやく気持ちの落とし所がついた、という例。
子どもがいても夫が自分の用を優先することに対してためらいがない中、どれだけそれが「特権的」であるかをわかってもらうために、「飲み会1回行ったら⚪︎円妻に払う」をルールにしてもらったという例も。夫が一回飲み会に行くたびに自分も好きなことをする時間をもらおうと思ったけれど、その時間すら捻出できない。それならば……と、お金に換算したそうです。今はそれを貯金しておいて、もっと子どもがもっと大きくなって時間ができた頃に使おうと思っているとのこと。これはなるほど、面白い可視化の方法です。
極端な例に聞こえるかもしれませんが、もちろん皆さん「話すこと」も含めさんざんいろいろな方法でコミュニケーションをして苦しんだ末のケース。今思えばあそこで気持ちが楽になったかも……、というお話でした。
ダイレクトなテーマから離れる
少し視点を変えて、育児や家事、収入、というダイレクトなテーマから離れ、対等に語れる軸があると気持ちがフェアになった気がする、という例も。共通の趣味や勉強していることなどがある場合、それにかけられる時間がフェアじゃないということは、あまりわだかまりなくやりとりができるという指摘がありました。
夫婦のどっちがやる、じゃなくて、どっちもやらない!もありだ、という視点をくださった方も。子どもを一時預かりに預けて、夫婦ふたりで出かける、という選択肢がもっとあっていいと思うというご意見。確かにそれも重要です。今さらふたりで出かけるとかちょっと緊張するとか照れくさいとか話すことがない……となる「前に」、いえ、なった後でも、ランチでも映画でもなんでも、好きなことをしに「せーの」で解放されることが必要かもしれません。
皆さんからのあふれるお話に、それぞれがまた他の方のお話で何かを持ち帰れたのではないでしょうか。
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今回は赤ちゃん連れの方も3名いらして、途中で授乳したりもしながら過ごしてもらいました。ご機嫌に付き合ってくれたお子さんたちにも感謝です。またもや会の途中で写真撮りそびれました。片付けながら慌てて記念撮影! 皆さんおつかれさまでした!!
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