なんで女性に偏るの?「偏りトラップ」その1:身体的トラップ

前回の『「IDOBATA!」ー女の人生障害物だらけ?』(9/28開催)でテーマにした、「なんでも女性に偏る」現象について掘り下げてみたいと思います。

先日のみなさんのお話からも、やはり「結婚/妊娠/出産/育児」に際して、女性はいくつもの軌道修正をしているのがわかりました。一方男性は、女性と比較すればまっすぐ同様の道を進むケースが多くを占めています。

女性の軌道修正のきっかけを聞いてみると、大きく3つのきっかけに分類できます。これを名付けて「偏りトラップ」と呼びました。

偏りトラップ

なにが女性に偏るきっかけになるのか、今回は「身体的トラップ」について見ていきましょう。

妊娠/出産/授乳に関して、女性は圧倒的に自分の「身体」を使わざるをえません。この時期の身体の変化が軌道修正のきっかけになり、そこから完全女性寄りになるのが半ば「自然の流れ」のようにパターン化してしまいます。大切なのは、どこまでが本当に「女性でないとダメ」なのか、線を引いて考えることでしょう。

妊娠期

男女共に仕事のチャレンジ度も面白さも上がり激務になる時期と、結婚して妊娠を期待する時期は重なりやすいものです。期待しながら子どもをなかなか授からなかったり、妊娠期に流産を経験したりして、仕事で身体を酷使しすぎているせいかも……と感じ、仕事を辞めたり働き方を変えたというケースがあります。

そこで「そもそも身体を壊すほどの激務を続けていていいのか」と無茶な働き方や荒れた生活習慣を見直すきっかけにできるという意味では、プラスのきっかけとも言えます。

でも、この時期の激務の度合いが激しすぎると、同じ環境で「ペースダウン」することは選択肢にはならず、身体に優しくするには辞めるしかない、とイチかゼロかになってしまいがちです。

また、妊娠中は、つわりに限らずかなりの身体的変化にさらされます。安静の指示、切迫早産で入院等も多い時期。「私はまだまだ仕事をやっていたいのに、妊婦としての身体を維持するには続けられない」という事情に直面する方も多いでしょう。

特に激務などの潜在的にあったマイナス要因と妊娠にまつわる身体の事情が重なって仕事を辞めたり減らす選択をすると、「ならば仕事をしていない/減らした自分が育児に専念した方が合理的」という思考になってしまうのは自然な流れです。

でも、ここで注意したいのは、「生物の特徴として女性でないとできない」ことは、妊娠期と出産そのものと、その先は授乳くらい、という「期限付き」だということです。出産後は他の人でもできることがほとんどになるのですが、この妊娠期のファーストトラップがきっかけで、「やっぱり女性にしかできない」という感覚に夫婦そろって陥り、その先も全面的に女性が担当する方に偏るスタートになりかねません。

「妊娠は病気じゃない」とか「ぎりぎりまで普通に仕事をしていた」という話ばかりが聞こえて、この時期の身体的なトラブルや負担を女性自身も軽視しがちです。むしろ妊娠期は身体がすごく変わりそれまでと同様の生活はできなくなることを覚悟して、その「有限の期間」を乗り切る策を積極的に講じる方がこのトラップをかわすコツになりそうです。そして、むしろここを乗り切るために「夫婦両方」が生活や仕事を見直して軌道修正する好機にできたら一番よいでしょう。小さなケアすべき家族が増える直前、まだ少し身軽なうちに……。

出産

妊娠期にトラブルがあまりない方でも、出産自体ではさすがに仕事を休まざるをえません。そこで、女性の側が産休→育休を取ったり、その時期に合わせて退職をしたりすることで、女性側に出産後の育児役割が固定していくのが多くの皆さんのパターンでした。

産んでしまえばすっきり!かというとそんなことは全くなくて、出産は身体のダメージがとても大きい。ケガと病気を一緒にしたくらい身体に変調が残りますし、「痛み」の経験はショックにも似たインパクトがあり精神的に消耗します。このダメージが快復するには一定の時間がかかる上、直後から自動的に新生児育児に突入してしまうので、「ついでにその間、女性が育児に集中した方がいいよね」という合理的に見える思考になりがちです。これがまた役割の固定につながりやすい。

女性がこの身体的ダメージを背負うのはこれまた生物的特徴で仕方ないとして、その負担を減らす工夫がもっと普通の選択肢となってもよいでしょう。快復を早めるために遠慮せず徹底的に大勢の手を借りて集中的に体を休めるのもひとつ。「疲労が少なかった、産後の回復が早かったという感想」が多い(日本産科麻酔学会サイト参照 )という無痛分娩のような選択肢に、この視点で注目するのもひとつの考え方かもしれません。

出産が女性にしかできないから「女性が育児に向いている」のではなく、むしろここは、出産で身体的ダメージを負うから母体にケアが必要。それには男女が「協業」しないとやっていけない、と発想するきっかけにできたらよいでしょう。

授乳

そして、授乳。育児フェーズで女性にしかできないことは「直接の授乳」です。これだけ。
ところがこれが「育児は女性にしかできない」イメージや役割分担の固定の決定打となります。

「こんなに授乳が大変だとは思わなかった」
……これは多くの方から上がった声です。

そう、授乳が「大切」ということはたくさん指導されても、どれくらい「大変」か、ということを、出産する女性は意外と知らされません。

肩や腰の痛み、胸自体の痛みやトラブル、食習慣の変化……と身体的負担が実はけっこう強い。また、頻回授乳で徹底的に睡眠不足になり消耗。そして「直接授乳」にこだわる限り、母子はなかなか物理的に離れることができません。タイミングを考えると行動範囲も狭まりがちです。

女性が文字通り赤ちゃんにはりついている必要があり、育児主体にならざるをえません。赤ちゃんが「多く接する方に慣れる」だけだとしても、授乳が新生児期の圧倒的な時間を占めている以上、「ママが一番」になってしまいます。これが、「赤ちゃんはやっぱり『お母さん』でないとダメ」を夫婦双方に埋め込みます。

よく、お父さんが1日赤ちゃん担当をすると「おっぱいさえあれば(泣き止ませられるのに)……」と苦しむと聞きます。

直接授乳以外の選択肢が併用されていれば、ここはクリアできるはずなのです。

哺乳瓶をもっと活用して、「赤ちゃんがお母さんのおっぱいしか受け付けない!」状態になる前に早くから「赤ちゃんに慣れてもらう」ことは、育児を女性だけのものにしない最大の突破口になりそうです。授乳を役割交換できるものにする工夫です。

哺乳瓶=粉ミルクではありません。母乳にしたい場合は、哺乳瓶で自分で搾乳した母乳を飲ませることができます。搾乳して正しいルールで保存すれば(冷蔵OKの時間、冷凍OKの時間、専用保存パックなど)、母親以外が母乳を飲ませることもできます。もちろん直接授乳と哺乳瓶+粉ミルクを併用したり、哺乳瓶+粉ミルクのみでもいい。母乳か粉ミルクかは個々の状況と事情と気持ちで選べばいいだけです。

そして哺乳瓶を「絶対に受け付けない」ということは、ありそうでなく、確かに「直接授乳だけ」に慣れてからだと苦労しますが、早い段階で慣れてしまえば大丈夫なケースが多いでしょう。

赤ちゃんの快適さが「直接授乳のみ」になる前に、例えば夜間の授乳を、搾乳母乳or粉ミルク+哺乳瓶でお父さんが担当してお母さんの睡眠時間を確保するとか、お母さん自身も日中直接授乳だけでなく搾乳母乳or粉ミルク+哺乳瓶を併用して、身体を多少楽にするなども試してみるのは、いかがでしょうか。

先日の「IDOBATA!」では、「母乳の栄養が…」「ミルクだって大丈夫…」という論争ではない視点が必要!という声が大きくあがりました。本当にその通り。

そもそも、出産直後からそのまま1年以上授乳し続けるために赤ちゃんに張り付き離れられないという状態は、今の20-30代女性の社会的生活習慣からすると、少し過剰な感じがしませんか?母乳でも粉ミルクでも使える哺乳瓶の活用を視野に入れるのは栄養論争から離れて選択肢を広げてくれるはずです。

お母さんが100%直接授乳の無限ループで心も身体も疲弊しきったころには、赤ちゃんは「お母さんだけ」に慣れきって「お父さんじゃ受け付けない」になっているだけ。それを「やっぱり女性じゃないとダメ」と勘違いしやすい、これが授乳によるトラップの実態です。授乳を母親以外が代替可能なケアにする工夫は、トラップの回避に大きな力を持つでしょう。

お母さん/お父さん、直接授乳/哺乳瓶……その程度のバリエーションで赤ちゃんが不安になると考えにくいですし、何より、お母さんに少しでも余裕ができて笑顔が増えればそれが一番家族全員にとって幸せなことです。

こんな風に身体的トラップがきっかけで、育児に専念→家にいるならついでに家事も妻担当……と固定化するのは一見とても自然な理屈に見えてしまいます。でも、生物的に女性にしかできないことを、「有期限のもの」とはっきり線をひいて認識して、その最中とその後の生活プランを夫婦が公平に考えることが大切です。また、身体的負担はむしろ純粋に身体的負担とはっきり認識して軽減する工夫をし、役割分担とは切り分けて考えることが大切でしょう。

ふたりである程度イーブンに家事も育児も仕事も責任を持ちあってやっていきたいと思うならば、まずはこの身体的トラップには十分注意する必要があります。回避する策を実行する必要があるわけではありません。「これで女性の方が向いていると思い込みやすいんだな」とふたりで認識しておくだけでも大きな意味があります。

2つ目「経済的メリット」、3つ目「精神的イメージ」のトラップについてはまたあらためて……。

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狩野 さやか

早稲田大学卒。株式会社Studio947のデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる一方、子育て分野を中心にコラムを執筆。patomatoを運営してワークショップや両親学級講師などを行なっている。著書に「ふたりは同時に親になる 産後の『ずれ』の処方箋」。 → 狩野さやかMAMApicks連載コラム一覧

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3件のフィードバック

  1. 2015-10-17

    […] 少し掘り下げて別のコラムとして掲載したいと思いますので、詳報、少しお待ちください。(→10/16コラム公開しました なんで女性に偏るの?「偏りトラップ」その1:身体的トラップ) […]

  2. 2016-01-18

    […] 3つの「偏りトラップ」の話、続編です。前回「身体的トラップ」について見ていきましたが、今回は「経済的トラップ」について見ていきましょう。 […]

  3. 2016-02-02

    […] 今回は「なんで女性に偏るの?」の続き、精神的トラップについてです。(その1身体的トラップ/その2経済的トラップ)いうまでもなく、精神的に女性自身が「やっぱり私が育児家事をやらないと」と思えば、自ら「女性に偏る」状態を作り出してしまいます。そんなこと思っていない、と思いつつも、どこかにそんな気持ちを無自覚に抱えていることも多いものです。 […]