patomato読書室:「保育園義務教育化」(古市憲寿 著)


patomato読書室をスタートしました。第1号、今回ご紹介するのはこちら。

patomato読書室:「保育園義務教育化」(古市憲寿 著)

保育園義務教育化(古市憲寿 著/小学館)

古市憲寿さんの本は、カジュアルな言葉で軽やかに書かれているので、社会学をエンターテイメント化したのでは?と感じていました。テレビに出ていることも多く、激昂することなくきつめの発言をするのが印象的です。さて、育児について何を書いたのか?……とても興味がありました。

『なぜか一人の女性が子供を産んで「お母さん」になった途端に、人間扱いされなくなってしまうのである』という、それおかしいよね、という視点からスタート。「お母さん」が追い込まれやすい、母乳偏重、三歳児神話、母性本能、のような価値観を、次々にばっさりと、それは違いますよ、と解説していきます。

母子一体育児で生じる無理にも触れ、良質な保育環境/就学前教育(いわゆる英才教育ではない)があった層とそうでない層で、将来の学歴や収入に差がでるという研究等に触れながら、預けることがマイナスでない側面を見せていきます。

そして、子どもを預けることへの不安感や罪悪感が強いこと、かつ、働き方への考えも多様で預けたいレベルも多様であることをおさえた上で、母親の有業無業、就業形態にかかわらず、重い費用負担を心配せずに預けることができるのが前提の「保育園義務教育化」がいい、という提言がされるのです。

この「保育園義務教育化」という発想の一番のポイントは、「預けるべきかどうか迷わなくて済む」「預ける言い訳をしなくて済む」というところだと思います。私はここにすごく面白さを感じました。保育園が足りている/足りていないという物理的な問題の手前に、もっと小さな個人の細かい心の動きがうごめいているのが現実だと思うからです。その「じりじり悩み感」を問題視しているからこそ出てくるアイディア。『保育園無償化』ではダメで、『「義務教育」と呼ぶことで、子どもを保育園に預ける時の「後ろめたさ」を感じてしまう人の、抵抗感を軽減できる』。こういう女性が根っこの部分で抱えやすい気持ちが実は大問題、という点に注目しているところがすごくいい。

これを、育児直下の当事者ではない男性が提言したところが、また意味がある。研究者ならそんなこと当たり前なのかもしれませんが、個人的経験則や感情が入る余地が少なく、女性的な「背負い感」もない条件の下でこれが語られたのはとてもフラットで偏りのない印象を強めてくれ、大きな力と意義があると感じます。

保育園義務教育化で全ての子どもに一定の環境が保証されることは『社会にとって「効率の良い投資」だ』、『結果的に、「コスパ」がいい』と捉え、感傷的な表現が切り口がないのも安心して読めるし、身近な話題・エピソードを例に語られる内容が多いので、何か「手の届かない社会」の問題ではなく、自分の「リアルな日常の一部としての社会」の問題と捉えやすいのが特徴的です。

そして、85年生まれといえば現在育児スタート付近の世代。その世代ならではの空気が自然と取り込まれている印象も受けました。

「保育園義務教育化」自体が実現可能か非現実的か、ということは重要ではなく、この提言で解決できると語られているポイントが何か、ということが大切。育児にまつわる社会の仕組みや人の思い込みの成り立ちについて、「それ変じゃない?」が、カジュアルな言葉でばさりばさりと語られているので、疲れて頭を使う気力がないときでも、きっと読めます。読みやすさも疲れている時には重要。ページ下にパラパラ漫画があったり、愛読者ハガキが手書きデザインだったり、サービス精神も旺盛です。

自分のかかえるもやもやと何かどこかがリンクして、個人の問題が社会の問題という視点に変わるきっかけになる可能性大です。


狩野 さやか

早稲田大学卒。株式会社Studio947のデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる一方、子育て分野を中心にコラムを執筆。人気のウェブ育児媒体MAMApicksでは「妻の不機嫌ループ~困惑する夫たちに捧ぐ~」等、広く話題になった記事も多い。 「ふたりは同時に親になる」をテーマに、patomatoを主宰。ワークショップや語り合いなどリアルな場づくりとウェブでの情報発信をしている。/→ 狩野さやかMAMApicks連載コラム一覧